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インサイト2015年3月号に「第55回 癒しの和紙インテリア~ヒロ・オダイラ」が掲載されました。
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以下本文より引用
文:堂本かおる 写真:Hiro Odaira
昨年11月、和紙がユネスコの世界遺産となった。天然素材を歴史と伝一統に裏打ちされた高い手瀧き技術によって漉くことにより、独特の風合いと抜群の耐久性を生む和紙が世界規模で認められたことになる。
今回は、日本独自の文化である和紙を使った高級インテリアの海外普及に取り組むニューヨークの和紙作家、ヒロ・オダイラさんに話を伺った。
■1%の可能性
2001年9月11日。ニューヨークでインテリアの会社を経営していたヒロさんにとって、9・11同時多発テロ事件はいくつもの意味で大きな衝撃だった。あの日、乗っていたバスの窓から、もくもくと上がる煙をヒロさんは凝視した。ワールドトレード・センターのツインタワー・ビルがそれぞれ二台の飛行機によって崩壊した事実が、一度は建築を志した身には、ことさらに応えた。
「アメリカの象徴である建物が一瞬で崩壊した。建物とてモノ、もちろんいつかは壊れる。しかし人が丁寧に気持ちを込めて作ったものを『壊してしまえ』とは何と乱暴で破壊的な……」
建物やインテリアを作ることの意味を再考せざるを得なかった。焦点は二つあった。ひとつはサステイナブル、であること。持続性があり、環境を壊さず、地球に優しいことを指す。「壊しては作り、を繰り返す職業が成り立ち、それで業界が潤うのではなく、長い目でモノを作れないか」。もうひとつは人間の攻撃的な、もしくは荒んだ気持ちをなだめるための療し、だった。テロによって自身の仕事がいったん皆無となったことも、その後の人生の変化に大いに寄与した。
「ニューヨークは戦いの街。自分も戦い続けてきたが、戦いばかりでは良い結果は出ない」と悟ったのだと言う。こうした様々な思いの結果として、ヒロさんは日本の長い歴史と伝統が育み、癒し効果と持続性を持つ和紙に辿り着いた。
では、和紙でモノを作れば破壊行為は無くなるのかと問えば、ヒロさんはこう答える。
「100人中%人は考えを変えないでしょう。けれど1%でも変えられるならやってみようと思いました。若い時なら『可能性が1%なんてやってもムダ』と考えたでしょうけれど」
■剣道少年、NYへ
ヒロさんは自身を”平均的な若者”だったと振り返る。新潟市生まれ。父親は剣道と居合いの師範。ヒロさんも子どもの頃から道場に出入りし、中学から大学にかけては本気で剣道に打ち込んだ。同時に友だちと一緒に流行の音楽や映画を楽しみ、バンドも組んだ。大学ではまじめに勉強し、就職が決まった後の卒業旅行にはヨーロッパを選んだ。そこで日本の建築物とは全く異なる壮麗な欧州建築を見、大いに感動した。
「将来こんなものが作れたらいいな」と思いながらも帰国し、内定していた企業に就職。ところが、入社した途端に会社員であることに違和感を持ち始めたと言う。理由は、会社という枠の中では「自分の立ち位置がはっきりしない」こと。平均的な若者、であったはずのヒロさんだが、内にはアーティスト気質を抱えていた。一定のルールに則り、自己表現を抑えて働かねばならない企業は居心地のよい環境ではなかった。それでも5年勤めたヒロさんは、その間に独立を目論み、建築の道を選んだ。大学時代の欧州旅行での感動がずっと胸の底にあったのだ。
会社を辞めたヒロさんは日本で建築を2年学んだ後、ニューヨークのプラット・インスティチュートに留学。デザイン、アート、建築で非常に有名な教育機関だ。専攻は当然、建築としたが、卒業後はインテリア仕事に進んだ。
「当時の僕にとってインテリアの仕事は面白かった。建築は1年、3年、時には5年と非常にスパンの長い仕事で、我慢比べとも言えます。インテリアは考えたことがすぐに形になり、性に合っていました」やがてヒロさんは独立してインテリア・デザインの会社を興すこととなるが、前述のとおり、9・11が全てを変えてしまう。
■経営者からアーティストへ
9・11後に和紙と巡り会ったヒロさんは、新たに和紙によるインテリア・デザインと施行の会社、プレシャス・ピースを立ち上げた。当初は日本の和紙職人に依頼して和紙を漉いてもらったが、今ではヒロさん自身が和紙作家としてニューヨークの工房で漉いている。今、取り組んでいるのはユニークなパターンの透かし和紙を2枚のガラス板に挟んだドアや仕切りパネル。手漉きの一点ものを使い、ガラス職人との綿密な打ち合わせを重ねて作り上げる。価格は自ずと高くなるが、アメリカ人が住居のインテリアに注文してくれる。
「和紙自体に訴える力があります。また、アメリカでは建物が100年以上保つため、家具選びにも時間をかけ、長年使います。昔、日本で着物を母から娘、娘から孫娘へと伝えたように」
今、売り上げはようやく2008年に起きたリーマン・ショック後の不振から脱しつつある。「リーマン・ショック、やられましたねえ、9・11テロに継ぐ2回日の落とし穴。一瞬ですが、この仕事を辞めてしまおうかと思ったくらいキツかったです。妻子がいて、家のローンもありましたから」
その時期、経済的にも、精神的にも支えてくれた妻のカレンさんにから感謝していると言う。「最近は光がたまにね、見えることがあるんです。山の麓から、雲の切れ間に少しだけ頂上が見えることがあるんです。またすぐ雲に隠れてしまうんですけれど。ははは」
他州での大型のプロジェクトを立て続けに請負い始め、ビジネス的には次の段階に進みつつあることを実感しているヒロさんは、しかし「今年で55歳。体力的には下り坂ですから、あれもやりたいこれもやりたいではなく、上に行くためには荷物を減らして絞っていきます」と自身を戒める。そのためにも昔取った杵柄の剣道を再開したいとのこと。
人生2度の危機を乗り越え、これからが正念場なのである。